2021
02.17

Vメール

WW2 US

第2次大戦時、アメリカから多くの兵士がヨーロッパや太平洋戦線へ出征しました。彼らが家族と連絡を取るための郵便の量は大量で、当時の兵士の手紙の量は週に6通(複数の相手に差し出すため)で年間で億を超える通数になったといわれています。戦争では食料、衣類、武器、燃料など兵站と呼ばれる輸送が勝敗を左右するため、この郵便物の物量を減らすための画期的アイデアとして米政府とコダックが開発したのがV-mail(Speed mail)でした。

 

10.5x13センチの専用の小さな便せんに手紙を書き、それを専用の機械で撮影しマイクロフィルムに収めます。昔の古い映画に使われたような16ミリフィルムのロール缶に手紙1600通が納められ、船でなく航空機で運べるため素早く、途中で潜水艦に輸送船ごと沈められるリスクもなくなりました。

こちらが当時の兵士の家族が受け取ったVメールです。中央部に宛名欄があり、封筒は専用の窓付きのものでアメリカに到着してプリントされた手紙を2つ折りにして収納し、郵便で家族に送られました。

このシステムでは、文字の量が通常の手紙より少なく制限されるのと、当時楽しみだった小さなプレゼントや写真が同封できなかった、という欠点がありました。また女性からのキスマークや香水の香りなども送れませんでした。

イギリスに出征した司令部勤務の伍長がコネティカット州の家族に送った手紙が入っていました。

こちらは1943年11月のVメールです。
絵入りのクリスマスカードデザインをそのまま写しこんだものです。当時の軍曹が送ったもので、APO502とあるのでニューカレドニアからマサチューセッツ州のガールフレンドに送られたものと思われます。

こちらは1942年12月のクリスマス時期にカリフォルニアの基地からニューヨークのガールフレンドに送ったVメールです。105歩兵の上等兵で早く故郷に帰って忘れられないうちに彼女に会いたがっています。この連隊はこの後太平洋のマキンの戦い、サイパン、沖縄までの長い戦いに派遣されたはずです。

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