2019
11.27

2次大戦以降の米軍パッチ(徽章、小物の入荷スタイル)

WW2 US

アメリカから珍しく小ぶりの段ボール箱が届いていました。開けてみると2次大戦初期の12.7㎜の機関銃の弾薬箱が1つ入っているだけでした。

ずっしり重いので、まさか弾は入っていないよなと思って開けてみると

このようにパッチが詰め込まれていました。陸海空海兵、WW2~80年代のものまで入り混じっているので、資料を見て部隊を判別しています。

それらを取り出すと、下からマニュアルや紙類

そのさらに下に金属章や小物の入った箱です。

パッチ類は、裏にアルバムに貼られていた糊の跡があるものが多いです。

日本にこのような状態で入ってくることが少ないので国内業者の方は嫌がるのですが、これは実際に従軍したベテランが当時支給されたパッチを自分のアルバムに貼っていたものなので、私はコレクション性が高いと思っています。

アメリカで流通している未使用の当時のパッチは、工場の在庫や軍の倉庫に箱ごと残っていた余剰品が多く、まとめてでは売れないので業者がいろいろな種類を混ぜたロットにして百枚単位でディーラー向けに売っています。

いくつか珍しいパッチを紹介していきます。海兵隊のものは別記事にしています

日系部隊の第442レジメンタルコンバットチーム

レンジャーのダイヤモンドパッチ

キスカタスクフォース

101歩兵師団WW2戦前頃のもの

ファーストスペシャルサービスフォース

 

USAAF(陸軍航空隊)のパッチは良く入ってくるのですが、バリエーションが数多くあります。こちらは陸軍航空隊の司令部のパッチですが星の中の赤い丸がありません。日本軍の機体マークと重なる関係でこのようなマークが作られたようですが、その後すぐに廃止されました。1942~43年のみ使われたそうです。青のツイル生地に刺繍されています。

第158レジメンタルコンバットチーム (通称ブッシュマスター)の珍しい非公認パッチです。第2次大戦開始時にジャングル戦の訓練の為パナマに派遣され、その際蛇とマチェット(山刀)をモチーフにした非公認デザインが使われるようになりました。その後1943年からフィリピンなどのジャングル戦で日本軍と戦い、日本侵攻作戦で種子島に上陸、終戦後は宇都宮に駐留しました。

第82空挺師団のタブと本体が別パーツのものです。ユニフォームに縫われていた際の糸が残っています。

この四角い赤白タイプのタブは非常に数が少なく、2次大戦時の第100師団など一部の師団に存在したレンジャースクールで、レンジャー資格を取得した兵士が着用したものです。

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当時のシルクの48星のフラッグです。10.5cmx15cmの大きさです。元々パッチとして作られたものではないミニフラッグですが、ノルマンディー侵攻時に着用されたインベージョンフラッグとサイズが近いためコレクションアイテムとなっています。

米兵の持ち帰った自由フランスパッチです。フェルト製ガーゼバック

 

 

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